思考力

戯言を蹴る

箱一杯のドーナツを喰いながら思う。一泊二日、年の瀬のクリスマス間際の大混雑した渋谷の中、山登りをするかのような格好をして街中を彷徨き、ラブホテルに1人で泊まる。渋谷のホテル街は、非常に危険。何らかのアウトローなキャラクターたちを、そのまま実写化したような輩たちが、多く彷徨いている。日曜から月曜にかけての宿泊だから、空室が目立つ。料金も気持ち程度だが、週末より安い。グルグル廻って選んだホテルは、部屋を開ければ老朽化していて、どこで料金を支払ったら良いのか、前払いなのか違うのかも分からない。階段を降りて受付の受話器を上げて聴いてみると、部屋の中の精算機に金を挿れてくれと言う。

薄暗い部屋の壁にあった訳のわからぬ機器にカネを挿入し、精算が終わると、注意書きとしてラミネートされたメモが、その機器の下にあった。いくら読んだところで、料金システムが不明瞭だ。解釈次第では、入室後、30分ごとに千円の追徴料金を取られるとも受け取れる。全く落ち着かない。目が覚めたところで、とんでもない金額が請求され、ヤクザ者が出てくることしか予想できない。ただただ不安な一夜を過ごし、やはり自分の昨晩の取り越し苦労だった自分の気の小ささを憂いて、朝の渋谷の雑踏の中を歩いた。

月曜の朝。皆、ブルブルと震えながら大きな交差点を交わりながら歩いている。昨日までの大騒ぎがウソのようだ。牛丼屋の朝定食を平げ、いつも行く喫茶店で時間を潰す。一番の目的である精神科の受診の予約時間を意識しながら、コーヒーを飲むスピードを調節する。もし、一泊しないで、外房から早朝の電車を使わなければならなかったのならば、今日のような冷え込む朝、起床した時点で渋谷などわざわざいく事はなかっただろう。そもそも、今回は、二回キャンセルして日程と時間を合わせた予約だったので、残りの薬を考えても行かない手はない。仮に、年末年始に薬が切れたら、大暴走するか、底無しの沼に落ち込んでいる。そう考えると、やはり一泊したのは正解だった。

ただ、宿泊するにも7000円のお金がかかる。素泊まりのラブホテルとはいえ、財布には厳しい。そんな愚痴を主治医に話し、大学病院でもあるまいし、千葉から2時間程度かけて、足繁く通ってくる「お客さん」も珍しいのではないかと皮肉まじりに言ってみると、「大変だね〜。長野とか九州から来る患者さんもいるけどね」と、軽く一蹴されてしまった。やはり、20年以上信頼して診察をお願いしている医師だけはあって、全国から患者が集まってくる。そう考えたときに、千葉に着いて、ドーナツ屋で箱一杯のドーナツを自転車のカゴに入れて、ペダルを漕ぎながら、もうそろそろ千葉の生活も十分かなと考えていた。

帰り道の途中の職安に行って、仕事の検索をしてみると、やはり外房では、自分の今までのスキルを活かせるような仕事はなく、東京では、多くの「教育」関係の仕事があった。皮肉なことに、仕事はあれど家賃が高い東京と、仕事はないが家賃が安い千葉の間で揺れている。そんなことを、次回の受診の時に言ってみようと思いつつ、「私は、千葉に行けなどと言ってはいない」と一蹴する私の主治医の顔が、すでに脳裏に浮かぶ。一泊したとはいえ、訳のわからぬ料金システムだったラブホテルでの宿泊では疲れはとれない。新しいデスクの右側にある残りのドーナツを頬張って、早めに寝てしまおう。

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