思考力

ある所へ置く意思

昨日、買い物に行くときに、ふと「ある所」へ行きたい欲求に駆られた。全く予期せぬ欲求だったが、そんな煩悩が強く芽生え、私はそれに争うことはできなかった。全く理解できない強い興奮が、自分の心の中で暴れ出し、自分の意思ではどうにもできない制御不能な気持ちになった。私は、ナマポになってしまったのだから、無駄使いは決してできる身分ではない。なんせ、税金から保護費をいただいているのだから。ただ、自分の中では、もはや、「ある所」へ行くほか、選択肢は残されていなかった。

人は、とても意思が弱い生き物である。仮に、強靭な意思と忍耐力を備えているとするならば、みんな東大に行けるのだろうし、みんな積立投資を、数年単位でコツコツと続けられることもできよう。でも、そんなことが続くわけはないのだ。人間の意思は、やはり強い欲求から逃れられないようにできている。そんな言い訳を用意して、私は現実逃避をしているのかもしれない。いや、それ以外ない。

私は、もはや、自分ではどうすることもできない状態にいるのかもしれない。少なくとも、経済的な面においては、とんでもないことになっている。逆に考えれば、お金の面さえクリアできれば、問題ないとも言えよう。不治の病に侵されているわけでもないし、命を狙われるような犯罪組織に追われているわけでもな。そう考えたら、やはり私は、自分の人生を諦める必要などない。もしかしたら、このようなスリリングな状態であるからこそ、自分の中の闘争本能が、息を吹き替えしているだけなのかもしれない。

人は、意思の弱い生き物である。ただ、人によっては、プラス思考に物事を捉えられる。これは、特に、今の私にとって、最重要なことなのではないだろうか。これだけを意識して、この窮地を乗り切っていこうではないか。

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