思考力

不変の確率

心配事の8割は起こらない。残りの16%は事前に対処できる。これは、米国大学の実験データであり、スピリチュアルな言い伝えなどではない。実際、昨日の私などは、どんなに次の給料日まで割り算をしても、一日、数百円で生活しなければならなかったが、思わぬ臨時収入があり、とりあえず人並みの生活ができるようになった。奇跡的と言うよりむしろ、先述のデータ通りの結果となっただけとも言えよう。

よくよく考えてみれば、私は現在ブログを書いているわけで、書き終えたら次の作業に移る。そして、その次その次へと時間と共に、やることというのは繋がっていくのであり、命が燃え尽きるまでは、何かしらの連続した行動を伴うわけである。すると、どんなに嫌であっても、自分の致命的で深刻な心配事というのは、実際には起こらないはずである。例えは悪いが、殺人をするか自分で死を選ぶかをしない限り、人生が詰んでしまうことはない。やはり、この研究データのパーセンテージの数字には信憑性があり、実際に今こうやって生きているということ自体が、私にとって、96%に値することなのであった。

今、私は、依存の自助グループに参加し、自分を苦しめている嗜癖を乗り超えようとしている。それまでは、友達と呼べる友達などいなかった。大学時代は、孤独を恐れるが余り、大学そのものへ行かなくなってしまったのだが、その時の経験から、とにかく参加することに意義があるという気持ちで、毎週のグループミーティングには参加しようと思っている。一人で、いろいろなことを行えるという幸せも悪くないが、同じ苦しみを抱えている人たちとの繋がりも、とても幸せだということを実感した。

今、欲しいものが2つある。最近、購入したマットレスの下に敷く、スノコ。これは、マットレスをカビから守る物。そして、スケボー。これは、依存の対象をやりたくなったら、一時的な強い衝動を抑える為に使う物。こうやって、依存の強い誘惑を断ち切る為に、自分の気持ちの方向を、別の方向へ向けるべきなのだと感じたのだ。それは、「96%の法則」の確率を、さらに良い確立に持っていくための前向きな行為なのだと思っている。

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