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2つのピンホール

2021/12/4

  双極にあるものに対して、「ああすればこうなる」という感じで話をまとめられるのは、実は極めて稀である。例えば、気分の上がり下がりの解説をしているときに、落ち込みと浮き上がりというふうに、大きく2つに捉えることはできたとしても、必ずしも「上がり」を褒められた状態と定義することは難しい。「上がり」のときに散在し、元に戻って落ち込むのであれば、多少は苦しくとも、家でじっと「下がって」いた方がいいのかもしれない。精神病の一つの双極性障害などは、まさにこの典型例であり、ハイからローにシフトチェンジしたと …

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”No コロナ, No life”

2021/12/3

  不安とは一体何なのであろうか。自分の心がぼんやりと揺れ動く。芥川龍之介風に言えば、「ただ漠然とした不安」に、敏感な人間は反応してしまうのかのしれない。ある物を創作するとき、それが流れ作業でできるような無味乾燥な商品ではなく、自分の全身全霊をかけた魂の産物であれば、その完成に至るまでの不安というのは、なかなか拭いきれないはずである。私が、今、この瞬間に描いている文章であれ、やはり「論証責任」という厳しい制約の元に書かれていなければならない。そうでなければ、ただただ文字が並んでいるだけの模様にし …

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台風の中のワンコ

2021/12/2

  久しぶりに長く眠れた。ただ、いつもの眠剤に加えて、コンビニのお菓子をたっぷりと食べるという、けっこう無茶なやり方で眠った。目が覚めると、ベッド周りは、お菓子の袋が散らかっていて、スナックの破片がバラ撒かれていた。俗に言う「夢遊病」というか「夢遊食」。久しぶりにやってしまった。でも、毎晩このような「愚」が続かなければ、あまり問題ないのかと思っている。眠れない自分に、ある程度質は低いが、ひとつ贈り物をしてあげたような感じだ。 ここ数日、睡眠BGMの効果を再認識している。ここのところずっと、就寝時 …

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養老の教え

2021/12/1

  日本人としては、なかなか情けないことなのかもしれないが、「養老孟司」という人を、先日初めて知った。書店に並ぶ本で、その名前を知りつつも、読み方がわからなかったという始末。今、愛機MacBook Proで変換をかけたが、1発で変換できた。やはり、常識的に知っていなければいけない固有名詞だったのだ。そして、彼のYouTubeチャンネルの講演会の様子を観て、そのユーモラスかつ有益な話に魅了された。特に、印象的だった話は、「方程式」の話であった。 義務教育の数学を理解していれば、「2x-4=6」なら …

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浸透する速度

2021/11/30

  バビロンの大富豪の教えのひとつに、「欲望に優先順位をつけよ」と言う教訓があるが、今、私の欲しがっている「スケートボード」は、それに該当するのだろうか。先日のオリンピックでシユされたようなタイプのスケボーとは違い、私が狙っているのは、「サーフスケート」と呼ばれる、サーフィン練習用の板。やはり、YouTubeでプロサーファーのスタイリッシュなライディングPVを観ていれば、欲しくてたまらなくなる。今、所有しているスケボーをメルカリで売却したら、購入予定。昨日、1日で売れた商品もあるので、幸先の良い …

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HSPなシンデレラ

2021/11/29

  私の母は、とても人の目を気にする、極度の人見知りで、全く子離れができない親であった。人の目が過剰に気になるというのは、「HSP」という症状で、日本人の5人に1人が発症すると言われているポピュラーな症状だ。ただ、私の母は、重症・重篤と言っていいほどの人であった。人とコンタクトを取ることを不得手とするが、人から何かを依頼されると断れないお人好しの性格も、最期まで消えぬままであった。また、モノを捨てられず、大量に物を購入する「買い物依存」の傾向があり、家にはタグのついた物が溢れかえっていた。安物を …

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今は流れている

2021/11/28

  目が覚めると、まだ陽が差していない暗い外の様子。いつものように早朝覚醒かと思いつつ、何やら眠気がなくスッキリと目が覚めた。iPadのホームボタンを押してみれば、すでに時計の針は、朝の5時半をまわっていた。つまり、私の体内時計が狂っていたのではなく、世界が冬の時間モードにシフトしていただけなのだ。もちろん、そのようになるということは、外気がとても冷え込んでいるわけで、空気の入れ替えで部屋の全ての窓を全開にしてみたが、まるで冷蔵庫を開いたかのような冷風が入り込み、当然の如く、今朝は強い冷え込みか …

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爽快な風の音に貫き通す

2021/11/27

  雨の音。風の音。そんな癒しの音楽をかけながら眠りにつく。なぜゆえに、こんな当たり前のことを忘れていたのだろう。熟睡用の疲労回復BGMで眠り、今、朝を迎えて、ひんやりとした気持ちの良い朝日のもとで、スケボー を蹴って帰ってきた。洗濯物を洗う洗濯乾燥機は、シャカリキに働き、千葉に来てからの私の仕事の自担を、本当によく軽減してくれた。やはり、睡眠によって疲労回復をして得られる恩恵は、とても大きいものだと実感する。 何かを成し遂げるために、もっと言えば、何かの達人になるためには、このような自分を高め …

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明るいゾンビの活動

2021/11/26

  日本人の「安全」に関しての意識は、非常に高い。たとえば、このコロナ禍であっても、皆、当たり前のようにマスクをして外出している。他の先進国は、マスク着用率は減少傾向にある。一人だけマスクをしないという「例外」も、暗黙の緑化イデアルが如く、きつく許すこともない。マスク義務化が法律で規定されていないにせよ、日本の「右向け右」の動きには、良くも悪くも目を見張るものがある。結果的に、他の先進国のコロナ患者のリバウンドを考えれば、日本人の意識が高かったから得られた、集団意識の勝因と言えよう。ただ、ここま …

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うつらうつらと書き記す

2021/11/25

  眠い。とにかく、中途覚醒が酷くて眠すぎる。目が覚めたから、ブログを一本仕上げようと、手書きの原稿を作り始める。すると、一気に眠気に勝てなくなり、いつの間にか眠っていて、次に目が覚めても朝日は昇っていない。スタジオジブリのBGMをかけて、再度穏やかに眠れるほど、ディズニー映画は優しくもない。こんな時に、どうやって自分の睡眠障害との距離を保つべきなのだろう。このような揺れ動く綱の上で、注目を得るためにダンスをしようとは思わない。常に自分の体調に注視をし、ブレない自分をキープしなければと思う。 や …

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生に満ち溢れる要素

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生に満ち溢れる要素

 

「捨てる」ことと「開運」。やはり、この両者は強くリンクしているようだ。最近では、リサイクルショップに行くことも、もはた当たり前になっており、家の中のモノは、どんどん現金化されている。もちろん、二束三文ではあるが、自分の心の中に居座っている迷惑な感情を排除する為の積極的な断捨離というのは、とても気持ちが良い。自分の心を整理する為の時間というのは、自分自身と向き合う時間を多く取るということでもあり、その整理している間に排出したマイナスの要素は、今後の人生において、まさに「出禁」にすべきだと思っている。万が一、コロナにかかって自宅療養するにしても、グッチャグチャの幽霊部屋に介護人を招くわけにもいかず、たった一人でコロ助悪化による第6波の犠牲者の数にカウントされたくもない。

このような、見えざる病原菌と戦わざるを得ないような時代。生き方が大きく変化しようとしている渦中、直接的に国民ができる選挙などの政治への関心が高まり、世論調査では、この国の動きを担うリーダーへの選挙への関心が大いに高まっている。自分自身、幸いコロナではなかったにせよ、第一回目の緊急事態宣言の数日後に「ウィルス性肺炎」になり、良くも悪くも、自分の人生が大きく変わったわけであるが、やはり、コロナであるかどうかの「PCR検査」をして、保健所からの連絡待ちの間は、まさに地獄にいるような時間の感覚しかなかった。だから、コロナ収束へ向けての橋渡しをしてくれる、見返りを求めない政治家に、清喜一票を投じたいと切に思っている。

何やら、世間では物騒な事件が起こっており、マンションの敷地内で女性が刺殺されたり、JR某駅で、男性二人が刃物で刺されるなどの恐ろしい事件が起こっている。この「コロナ不況」が終わりを見せず、常に経済状況の悪化やコロナ蔓延の感染拡大が続けば、いくら治安の良い日本とはいえ、なかなか夜中に熟睡して疲労回復できるような治安の良さをキープできるとも思えなくなる。

私のように、ジャズやボサノヴァなどの音楽を聴きながら、起き抜けのコーヒーに、人生の全ての幸せを感じ、就寝前に、ストレスリリーフの音楽を聞き、寝る前の精神の安定を図ることに生きがいを感じている者にとって、治安の悪化は迷惑極まりないものである。そもそも、見知らぬ人から背後から刺されるような事件が、最近でも電車内で起こったが、その被害者にとっては、もはや電車に乗ることだけではなく、日常生活でも一人歩きをすることそのものが、恐怖でしかないはずであろう。心の傷というのは、肉体的外傷よりも深い。肉体的外傷は時間が癒してくれるとはいえ、心的外傷というマイナスの感情というのは、やはり完全に払拭させることは難しいであろう。

次元が違うとはいえ、私であっても、過去に酷く怒鳴られたり、殴られ蹴られるなどの過去に強い被害を受けたときと同じようなシチュエーションに陥ると、ガタガタと震えが止まらなくなったり、赤面して汗が滴り落ちることもある。心の傷というのは、ときに実に深い痛みとなり、ときに自分の人生の思い強い足枷となって悪影響を与えることもある。恐怖に支配されているとき、その恐怖の根源となってしまったことに対してのトラウマばかりではなく、そこに関与している人間がいたとしたら、そのような輩に対する恨み辛みも強くなる。そのような場合を考えると、いかに自分と、その周囲に存在する人間に対しての「清い折り合い」をつけられるかどうかで、重い足枷の重量そのものを軽くできるかが変わってくる。

生は、謎に満ちている。よく訳のわからぬ感情に支配され、その感情が払拭できないときに、人は強い苦しみを伴う感情を覚える。しかしながら、それを割り切って考え、自分を苦しめた人間や環境に対して「感謝」し続けることで、マイナスへ向かうベクトルが、ある程度、プラスの方向へ変化することもあれば、その諸悪の根源があってからこその人生だったと思えることもあるのかもしれない。さすがに、他人に刺されるという経験がプラスに向かうとは思えないが、たいていの場合、ネガティブな感情を重く受け止めすぎることなく抱き抱えることで、同じようなシチュエーションでその爆弾が爆発することもなくなるはずである。

偉そうに聞こえるかもしれないが、私も、命の危険を感じてしまうようなシチュエーションに何度も陥り、多くの人たちが、人生で自由奔放に楽しめる時期に、精神的不調で、入退院を繰り返す羽目になったこともある。そのような中、今の幸せがあるということは、過去の苦しかった経験が土台となっていると感じることも、とても多い。苦しみ抜き、ときに挫折したまま砂の上で倒れ込みつつも、そこで立ち止まりながら沈んでいくことを選ぶことなく、そこから立ち上がることに意義を感じ、プラスの感情を得られるような人生を送りたいと思っている。

やはり、そう考えると、生はチャンスに満ちているのだ。

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