思考力

螺旋状の忘れ物

 

梅雨が明けた途端に、一気に猛暑日が続くようだ。万年、不安緊張状態だというのに、最近の引越しに伴う「ソワソワ感」で、より一層、物忘れが激しい。ここに来て、すでに夏バテが始まっているみたいだ。猛暑が続けば、言うまでもなく熱中症患者が出るわけで、よりこまめな水分補給をしなければならない。それと相反する形で、今年で2回目となるコロナの夏。すると、息苦しい夏の熱風の中、世界中の人類が、マスクをしなければならないという、三年前には予想だにしなかった異様な光景が始まる。

ウェザーニュースでは、猛暑の注意喚起のほかに、大分・山口・愛媛で、震度4の地震の速報。津波の心配はないとのことだが、コロナ禍で一番懸念されることは、大きな災害によって、何処かへ避難しなければならなくなった時に、その避難場所が「クラスター」にならないかということである。避難勧告と共に、多くの避難者が殺到する中、手の消毒と検温をしながら、長い列を「密」の状態で並ばなければならないとしたら、大パニックとなろう。ここまで、自然災害が頻発しているならば、このような非常事態の時の動きを考えることも重要ではあるまいか。

「京アニ事件」から、2年。才能に満ち溢れたスタッフたちが、死神によって放たれた炎に包まれた事件。未だ、気持ちの区切りがついていない遺族と、皮肉にも一命を取り留めた犯人。全身の9割に重度の火傷を負った死神の瀕死の状態を救助しなければならなかった医師。死神であろうと、目の前の命を救い上げなければならない医師という職業は、とても偉大だ。もちろん、中には使命感のない医師もいるわけで、先月他界した母の主治医は、色々と母の容態を質問する私を煙たがり、最終的には、私に連絡することを拒絶した。私からしてみれば、コロナ禍で面会をできない状態で、母の様子を知るための質問に答えて欲しいという気持ちだっただけだというのに。

母の遺体が焼かれ、今、母は遺骨となって、私の書斎の隣のリビングに居る。火葬後に、母の脚の骨は遺らず、そのことは、母が寝たきりの状態で、脚の筋肉と骨が弱りきっていたことを物語っていた。ただ、螺旋状の針金がシッカリと残っていた。これは、千葉に移住し、どうしても受けさせてあげたかった、東京の大学病院での高度な心臓手術のステントだったと思われる。足の骨が残らずとも、こんなにもシッカリ残る金属なのであれば、本当に凄い手術だったのだと思った。

熱海の土砂災害から、2週間。被害の大きかったアパート付近で、新たに2人の遺体が発見されたが、まだ身元は分かっていない。仮に、心臓にステントが入っていたとしても、それはどんなにシッカリとした物体であれ、簡単に流れてしまう。こう考えると、まだコロナの「コ」の字さえ発生していなかった真夏に、母と一緒に、タクシーで何度も、手術を受ける大学病院へ行ったことを思い出す。精神薬を服用しているので、長時間の運転や高速道路の運転を避けているので、タクシーで東京に行っていた。

新人のタクシー運転手が首都高に乗れず、グルグル回るだけで、文句を言って下ろされた場所が工場地帯だった。真夏で、とても暑かったことも思い出す。東京にいた時は、車そのものを持っていなかったので、その時も、タクシーを使っていたのだが、個人タクシーのレザーシートに、私の財布の金具が引っかかり、シートに穴を開けてしまい、その運転手が憤怒したこと。その次にタクシーに乗った時に、母が焦って、シルバーカートごと転倒し、救急車で運ばれたことなど。タクシーだけでも、色々と思い出がある。死神の犯行や、自然の猛威によって、不意に命を奪われた犠牲者の遺族を考えれば、今、納骨された母が側にいることを感謝すべきなのだと思う。

永遠の眠りに就き、今、母は天国に向かっている。犬猿の仲の三兄弟で、「49日」についても考えなければならない。天国という世界で、幸せに目覚めてもらうためには、兄弟間の多少の譲歩は必要だ。他人を優先しすぎて、いつも疲れ、貧乏くじばかり引いていた母。そんな母の改名には、「穏」という漢字が入った。とても良い。私をいつも見つめ、守り続けつつ、どんな人でも優先権を譲ってしまう母。ずっと変わることがなかった。それを、「頑固だ」という人がいるが、そんな頑固な性格が、私にもよく遺伝している。私も、そんな気質を、これからもずっと飼い慣らしていこう。

頑固にも、悪いものと良いものがある。頑なに自分の分前ばかりを掴み取って離さない頑固さ。頑なに自分の分前を与えようとし続ける頑固さ。まさに、搾取の“TAKER”と、一番損を被る”GIVER”の関係。私は、今後、どのような生き方をしていくのか予想できないが、母の優しくて「穏」やかな気質は失いたくない。

今、新居には、風呂に入るだけで、荷物は持って行っていない。オンラインの仕事上、光回線の関係で、旧居を出るのは1ヶ月ほど後になる。家賃を考えれば、洗濯機の引っ越しだけは先にやって元を取らなければ。。人間は、環境に支配される生き物。これからの人生で、自分が頑なに守らなければならないもの。手放さなければならないもの。今、そういうことを考えられるのだから、人間は何歳であっても変化できる生き物なのだ。

-思考力