思考力

宝の部屋

買った物は使い倒す。20年前の自分には、全く考えられなかった発想だ。ブランド物を買っただけで満足して、買った時が頂点で、一気に気分は転落してしまう。それに、ギャンブルが加わっていた頃などは、その時買って飽きてしまったものを全て売っ払ってしまい、そんなカネなどすぐに蒸発してしまっていた。だから、今、物を吟味して買いつつ、一度買った物に関しては、必ず用途ごとの範囲内で、その能力をフル活用するようにしている。

ここ数日、とても深く、そして長く眠れている。とてもいい傾向だ。昨晩は、天井のライトを消して、フロアスタンドと、iPadとミラーリングさせたプロジェクターの画像を、壁に反射させて動画を閲覧していた。もう、ポスターも何もない壁は、プロジェクターの画像を映し出すには最適だ。そのままサーキュレーターを付けつつ、スノコベッドの上に敷いてあるマットレス に横たわり、深い眠りについた。アップルウォッチの睡眠アプリも、良好な数値を出していた。昼前に目覚めて、床のモノをベッドに上げ、そのままルンバを作動させれば、もうコーヒーを淹れつつ、電動歯ブラシとデンタルフロスで身支度は完了している。何とも効率的な動きであり、何とも機械と融合できている現代的な効率性に、我ながら感心している。

昨日、待ちに待ったスケボー のパーツが届いた。それを装着させたかったのだが、ナマポ明けの大掛かりな断捨離の勢いで、スケボー三台と、その工具も売却してしまっていたので、指でナットを回転させるわけにもいかず、今日の工具の配達を待つばかりだった。しかしながら、工具や部品の到着は、残念ながら明日にずれ込んでしまうらしく、今日は、大きくカスタマイズされた愛機に乗ることはできなかった。だから、久しぶりに海沿いを走って、スケボーを蹴ることもなく、自宅に愛機を眠らせて置く以外なく、過労気味の愛機にとっては、いい休息になったのかもしれない。

ちょうど、アパートのオーナーが、アパートの清掃をしに来ていたところだったので、もし空き部屋ができたらぜひとも声をかけてほしいという旨を伝えた。とにかく、この部屋は気に入っている。ワンルームの部屋だというのに、全く狭さを感じないということは、自分の物の管理が行き届く範囲の最適な面積の間取りであり、そこに配置している様々なアイテムが、私にエネルギーを与えてくれているのだと思う。そして、それをさらに倍の面積にできたら、どんな好転的な人生になるのかを知りたかった。願いが叶ったら、その部屋をトレーニングルームにしたり、勉強部屋にしたりするなどの工夫をしようという想像をしていたら、ワクワクしてしまった。

では、今日は何をしたかといえば、一人でカラオケに行ったくらいだった。ただ、出だしにいきなり強いフラッシュバックが起こってしまい、あとは全くトラウマが消えることはなくなり、最悪の時間を過ごすことになってしまった。自分に危害を与えた輩に対して、因果応報の如く天罰が降ってほしいと願うのだが、「人をの呪わば穴二つ」ともいうし、仮に相手も自分のことを呪っていたとしたら、去年の頭蓋骨骨折のHCUで息を引き取ってしまっていたのかもしれない。だから、やはり自分の人生に対して真摯に向き合うしかないのだとも思っている。もし、該当する人物が目の前に現れてしまったのであれば、正直なところ自分を抑え切ることはできないと思うし、それをシミュレーションするほどに自分の頭に血が上っていくことが分かる。

こう考えてみると、今の自分にとって、海沿いをドライブすることと、潮風の中でスケボーを蹴るということは、とても大切なことであるばかりか、生活から絶対に切り離してはいけないほどのアクションなのだと思う。仮に、こんなに素敵な部屋で、快適なアイテムに包まれ続けていたとしても、引きこもっているばかりでは、思考がぐちゃぐちゃになってしまうだろう。だから、あくまでもこの素晴らしい部屋に感謝しつつも、あくまでもこの場所は休息の場所と捉えるべきなのだと思う。ゆっくりと疲労を回復させられたのであれば、あとは海辺に向かって自らを解放させるべきなのだろうと思うのだ。

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