思考力

一滴を投じる

かつて、自分が人生で最落下点にいたうつ状態の時、その入り口となったのは、学習塾での過剰な期待に応えるべく努力し、それでも強烈なパワハラを受けて退職した時だった。その時の上司の怒鳴り声が、完全に自分の脳を破壊するほどの破壊力であり、さらにトリガーとなったその爆撃機に対しての恨みは、決して忘れることはない。結局、退職の意志を伝えたのは、母で、私が熱を入れ過ぎていた「塾講師」という樹海のような所から脱出できた時に、「もう枕を高くして寝ていいのよ」と言ってくれたことがあった。

昨日今日と、長く眠ることができていて、何らかの睡眠負債が解消されたトリガーがあったのだろうが、それが「スノコベッド 」の高さが関係しているのならば、亡き母の言ってくれたことは、正しいと言える。ただ、睡眠が少しいい方向へ進んでも、やはりフラッシュバックが強いことには変わりがなく、亡き父を愚弄した生徒や、私の授業をフルパワーで妨害した生徒、支離滅裂なイチャモンをつけて校舎を退任させた校長のことなどを思い出すと、車を運転している時に、左の脳みそが痺れる感覚が出てくる。この症状は、私だけの特有な現象なのかもしれないが、怒りが込み上げると、左の脳がビリビリと振動する感覚が生じてしまうのだ。

最近は、運転が荒くなったというわけではないのだけれど、信号をギリギリで通過することが多くなり、今日、かなり危険な黄色信号を突破したところで、パトカーが後ろに張り付いてきた。サイレンは鳴らされなかったものの、赤色灯が点灯していて、下手に曲がったら停止の声がかかりそうだったので、けっこう緊張した。慣れた頃に事故が起こるとも言われるが、やはり気を抜いていれば誰かが目を光らせているわけで、そのような意味においては、今日のパトカーの威嚇攻撃というのは、なかなか意識を整えなければならないと反省するきっかけとなった。

腰が回復したら、もう一度、波乗りを再開しようかという気持ちになったのだが、やはり「濡れる」という行為に抵抗感を抱くようになってしまうという、サーファーとしてはあるまじき状態になってしまったので、もうサーフィンは、心の棚の奥に眠らせておこうかと思う。その代わり、現在の自分にとっての最高の生きがいである「コンクリートサーフィン」は、絶対に継続したいと思っている。YouTubeを聴きながら、海沿いを走り、金融の知識や心理学の知識、それこそトラウマへの対処法などの考え方などを学習している。正直、今日のフラッシュバックは強過ぎて、過去に囚われてしまったばかりに、内容がほとんど頭に入らなかったのも事実だった。

LINEで、叔母からふるさと納税の返礼品の「りんご」が届いたという知らせをいただいた。私が千葉に来て、母を介護している時に、二人の従兄弟と、二人の母親である叔母には、本当にお世話になった。本当に感謝しているし、ささやかなお礼とも言えぬような返礼品になってしまったのかもしれないけれども、喜んでいただいたようで、こちらとしても嬉しい限りだ。

世の中には、いい会社と悪い会社の他に、もう一種類の会社がある。それは、「関わってはいけない会社」だ。パワハラとかモラハラとかいう可視化できない部分を隠蔽するだけではなく、不当に残業させたり、賃金の未払いをしたりする会社だ。そして、そんな会社に関わってしまったのだから、自分に責任があるのかもしれないし、ある意味では、ギャンブル的な要素もあるのだから、身の危険を感じたら、すぐに「逃げる」という選択肢を積極的に肯定することは、とても大事なことだ。私は、塾の講師という職業を、とても誇りに思っている。ただ、それを取り巻く環境次第では、その業界全体が悪くなるどころか、犯罪行為をするような集団になってしまうのだ。

電話番号ばかりではなく、住所を漏らされた。不当に契約違反をされた。賃金の未払いが二桁万円発生していた。それを訴えようにも、事項という壁が確かに存在していて、なんだかんだ言っても、最終的には、長いものには巻かれなければならないという悲しい現実がある。これは、塾業界に限ったことではなく、おそらく様々な世界で起こっていることなのだと思う。少しだけ希望が見えたことがあって、それは今の時代、大きな企業に属さなくとも、個人で発信するプラットホームが整っているということだ。まだまだ確立されているわけではない。むしろ、それが普及し過ぎて、どのプラットホームも「レッドオーシャン」と化している感じはある。それでも、岩に一滴一滴を滴らせるかの如く、私は毎日、自分の考えを発信していく。そして、それがきっと誰かの心の陸地に届き、自分の理想とする世界が構築されると信じているのだ。

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