思考力

コンペイトウの2種類の見方

考え方ひとつで、物事は変化していく。それを、物事の多様性を多角的見るということであり、近視眼的に物事を見ていては、その対象物から得られる情報は少なくなってしまう。これは、よく言われることではある。では、逆に、一面的に物事を見ることで得られることというのは、何だろうか。それは、ひとつに、人間の良い面と悪い面を考えた際、深く付き合っていきたい場合に、相手の良い面をずっと見続けることで、ずっと長い付き合いができるなどである。後者に関しては、相手への共感が全く掴めなくなると、やがて馴れ合いや対立に生じてしまうので、注意したいところだ。

これを、時間と時代という視点で考えてみよう。5年前には、世界中のすべての人が、揃いも揃ってマスクを装着して外出するなどとは考えてもみなかった。観点を変えると、私自身、千葉に引っ越したときによく考えたことは、ここを永住の地にして、狭い一戸建ての家を購入してのんびりと過ごそうなどと考えていた。これが、先に述べた「一面的」なものの見方である。コロナ以外の問題が生じて、何らかの形で、その家を出ざるを得なくなった場合や、固定資産税などの税金の問題、修繕費等を考えたら、明らかに独り身の私は賃貸一択である。仮に、一時的な金があったら大変なことになっていた。

車と不動産は、人生の最も大きな出費であるが、豪雨の影響で前に乗っていた車が水没。すると、保険は数十万しか降りず、仮に高額な新車を購入していたとしたら、その分のお金の多くは溶けていたことになる。安い中古車で良かった。そして、次に購入した今の車は、燃費以外は、それほど問題なく動いてくれている。災い転じてとまでは行かないが、大きく失敗をしたわけではない。

また、賃貸物件の面積に関しての考え方も変化した。3LDKの空間で過ごさなければ自分の生活は成り立たないと考えていたが、それは単なる思い込みにすぎず、実際は、現在のワンルームで十分過ぎた。もちろん、そこまで占有面積を減らしたのであれば、物は最小限にしなければならず、不要なものを持たないということも学んだ。これの不要なものを処分するという行為は、心の中の混沌を整理するのに役立つ行為であった。そして、賃貸契約において、不動産屋の手を借りずにオーナーと自力で交渉するという知識も得た。闇の深い不動産屋を回避する方法になった。

まだまだ書き足りないが、ここまで自分の得た体験を、逆から物事を見て得られたことを書いたところで、読者の方には辛い思いをさせてしまいそうなので、ここで止めておくが、やはり、ドン詰まりの時に視点を変えて物事に取り組むというのは、非常に大事であると言える。そして、何よりかにより、現在、自分が停滞していることに対して、自分の考え方を別の視点から切り裂いて考えて手見よと思っている。

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