思考力

掟破りの期待

自身を良い方向へと変えなければならないことをするためには、どうしたら良いのであろうか。明らかに、自分の足枷になっていると自覚している何かを手放さなければならないとき、私たちは何をすれば良いのだろうか。それは、依存であったり、嗜癖であったり、自覚症状がある苦しみを伴う行為そのものを断絶することである。手放すことが難しいからこそ、それだけ自分にとって大切な物や行為なのであり、簡単に収集がつくのであれば、足枷とは言わないであろう。

私は、今から、重大な掟破りの報告を、自助グループにしなければならないのであるが、そのことで仲間からどのように思われてしまうのか、とても不安である。おそらくは、「今度から気をつけるように」と促されるであろうという甘えた気持ちがあり、そのような甘えこそが、自分の心の弱さであり、そこを改善しなければ、自分の依存となっている対象から離れられないと思っている。

ただ、マゾではないが、自分スリップスてしまった報告であれ、早くグループのミーティングに参加したいという気持ちが強い。千葉に来て、心から腹を割って話ができる人たちに、あまり巡り会えなかったので、自分と同じような悩みや苦しみを分かち合おうと考えている人たちとシェアできる時間を求めているのだ。これは、本当に素晴らしいことである。新しい環境で、自分と同じ考えを持つ人たちとの会合に参加できる。それだけで自分の苦しみが緩和されるどころか、今まで無駄にしてきた時間が、微々たる物ではあるが、意味のあるものに変わる。

今日はどんな人たちが参加してくるのだろう。前回と同じように溶け込むことができるのであろうか。弾かれモノになってしまったらどうしよう。そのような気持ちも心に秘め、今から、ミーティングに参加しようと思う。

-思考力