思考力

秋マイナス規制イコール珈琲

 

三連休。とても気持ちの良い朝だ。休日とはいえ、ゴミ収集は行われるわけで、一昨日、アパートのオーナーが部屋に来るので掃除をして出たゴミを捨てに行けば、スッキリと部屋のデトックスが完了する。すると、気持ちも前向きになり、ご近所さまが庭の手入れをしている光景を見ると、挨拶をしながら、雑談の一つでもするようになる。今は、無理に、ジャズやボサノヴァを聴くことなく、自然に耳に入ってくる小鳥のさえずりと、そよ風がカーテンを揺らす音の方が心地良い。

今日は、東京の塾のオンライン授業があるので、昼過ぎまでは授業の準備となる。ただ、このオンラインの大学受験指導も、ほとんど趣味の領域に入っており、毎日が休日のような楽しい日々である。ただ、新型コロナウィルスの勢いは止まることはなく、こうやって集中してブログを書いているというのに、私の住む地域のコロナの対策本部とやらの警告放送がながれてきた。注意勧告とはいえ、なかなか気分を害するものである。もし、その指示の通り、緊急事態宣言通りに、不要不急の外出を控えているのであれば、三連休の高速道路の渋滞が数十キロになるという現象は起こらないはずである。

そんなニュースが飛び込んでくるのであるから、もはやコロナのニュースに、視聴者が飽き飽きしていることも明らかであり、昨日のFNNのライブニュースも、TBSのライブニュースも、どこかの局の朝のLIVEニュースも、コロナがテーマの動画でありながら、10分から20分の再戦時間の中身は、コロナ以外のネガティブ情報が詰まっている。平穏無事な情報に対して、視聴者の関心が薄いことから、メディアの情報発信はネガティブ場方向へ誘導するように企てられており、コロナ重篤症状の数字のデータが悪化すると、まるでウキウキしているようにも思えてしまう。

そんな危機的な状況を、今度はドキュメント番組にしたり、各界の有名人の討論のテーマにするわけだから、まるでフェイクの情報を両手に持ったピエロが、わざとらしく綱渡りをしている様子を、視聴者に見せつけんばかりのメディアの発信状況が、如実に伺える。人を動かす原則の中で、やはり話術よりも、ヒトの本能を刺激した方が、注目が集まりやすいわけであり、それを熟知しているプロ集団のメディアが、視聴者を囲い込んでいる状況であるから、実際の状況を、報道から正しく汲み取るという姿勢をキープすることは、極めて難しいと言えよう。

これは、例えば、実際の海に入る前のイメージを作り上げるためのサーフィンの陸上トレーニングと同じような感覚で表現できよう。メディアの情報の30%が、正しくて客観的な情報であるのならば、残りの70%は思い切って切り捨てる勇気が必要であり、刻々と変化する海の波の上で、実際に波を乗りこなすためのトレーニングというのは、しっかりと取捨選択をしておかねばならない。まして、サーフィンの練習においては、プロでさえ感覚的にしか教えられないことで、プロの感覚的なアドアイスそのものが、上達の弊害となっている場合だって、非常に多いのである。

では、どこまでが信憑性のある情報であるかということの境界線を見極めるのは、非常に難しいところである。私の場合、その基準は、YouTubeの再生回数と、チャンネル登録者数であり、その動画に対してのコメントのクオリティーである。私の中では、特に、3番目の「コメント」が重要であり、自分の意見や考えと類似していたり、全くの盲点をついている鋭いコメントなどは、自分の考えをブラッシュアップするのに、非常に役に立つのである。少なくとも、YouTubeの登録者数が、1000人を超えなければ、収益化はできない。ゆえに、収益化できていているチャンネルの情報は、何かしらの有益な情報を含有していると、私は考えている。

YouTubeでも、Yahooでも、Twitterでも、どこもかしこも「新型コロナウィルス」という見出しがついている。それでも、「必要必出」と言わんばかりに、外出する人たち。ぶっちゃけた話になってしまうのだが、私も、なんだかんだで、昨日、釣りに出かけたのだが、外房の海の駐車場が全て閉鎖されていた。それでも、路駐してサーフィンをしている人達の車の列を、警察官が駐車禁止の張り紙をフロントウィンドウに貼り付けている。ここでまた問題が発生する。確かに、路上駐車はよくない。これは、サーファーの意識が低いことを意味している。ただ、そこに対して問答無用で切符を切られ、それに対して問答無用で反則金の支払いが命じられる。そして、その徴収されたカネは、「上のヒト」たちのフトコロに収納される。

さて、このような図式をどのように考えるべきか。バカでも釣れる秋の釣り。冬が来る前に技を決める下地を作りたい秋のサーフィン。しかしながら、現在許されていることは、心地よい風に吹かれながらコーヒーを啜ることくらいになってしまう。まぁ、この記事の締めのセンテンスは、優等生としての自分の真面目な「大人のコーヒーの嗜み」を、締めのくくりとしよう。

 

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