思考力

魔法の「もの」

昨晩から今朝にかけては、予想通り厳しい寒さになった。昨晩のTwitterのタイムラインでは、すでに多くのフォロワーが、雪が降り始めたというツイートをしていた。私もヤドカリ生活とはいえ、甲羅の中も冷えると思い、いつも通りエアコンをつけっぱなしにして、インナー3着、ネルシャツ、スウェット、ダウンジャケットの完全フル装備で横になった。しかしながら、皮肉なことに、眠気がやってこない。寒さがどうこうではなく、前の日の過眠が原因の様子。いつも通り、眠りを促進するBGMをかけて寝ることにした。

朝起きれば、カーテンの隙間から朝日が漏れている。白い光。雪景色を期待しすぎて、カーテンを開けるのがもったいないくらいだった。やっとのことでカーテンを開ければ、快晴の朝を迎えただけで、雪のかけらも見当たらなかった。おそらく、私の住む外房は、大雪の範囲外だったのだろう。今起床したばかりなので、インターネットのトピックニュースすら見ていない。おおかた、どこかでの大雪にまつわるエピソードが放映されているはず。とてもワガママな考え方だが、自分には関わりのないことだと割り切ってしまえばそれだけのことだ。

とうとう尽きてしまった食糧品とカネ。あと1週間で収入があるとはいえ、ギリギリを超越した範疇に突入してしまったのかもしれない。もはや、目覚めの珈琲の粉末のストックも無くなった。まさに今は、右か左かの選択ではなく、落ちるか進むかの状態。水を飲んでしのぐというにも、やはり限界はあり、最後の追い込みとばかりに未払い請求書が来る始末。これでは、生きた心地がしないというよりも、実際の状態が生きているわけだから、正常な判断で動いているように祈ることしかできない。

ところで、多くの人は、自分のスーツケースの置き場所に困っているそうだ。取り立てて「それ」を使うような場面もないだろうし、最後に行った海外旅行など、遥か彼方の思い出にしかなっていないであろう。かと言って、それを処分することもできてはおらず、スーツケースは厄介者としか扱われないことが多い。私も、そのような考え方をもつ一人ではあったのだが、ある一つの工夫で考え方を変えれば、「それ」に対する考え方が大きく変わることになることを知った。

スーツケースに、緊急避難用の水や食糧や薬や最低限の生活必需品を入れておくのだ。そうすれば、いざ火事があったり、災害が起こった離した時に、そのスーツケースを持って行けば、3日間くらいは生活することができる。実際、千葉に移住して大雨洪水にさらされた時に、そのスーツケースの存在を知っているので、車を失ったとはいえ、自分自身の行動に全く焦ることはなかった。

今はどうだろう。どんなに考えても、大雨洪水の時と同じくらいのピンチだ。そんなときに、スーツケースを開けてみる。缶詰やレトルトカレー、エナジーゼリーなどが入っていた。こんなときに躊躇することはない。昨日、それらを胃の中に入れた。あと1週間弱。この魔法のスーツケースは、きっと自分の命を救ってくれるはずである。

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