思考力

玄関清掃のタイミング

昨晩から今朝にかけての睡眠時間は、「5時間12分」。いつもよりかなり短めだ。寝付きが悪かったということもあるが、早朝覚醒で、うっすらとしか日が昇っていないような時間から、せっせと掃除に取り掛かり、寝起きの気怠さがない状態で、見ないフリをしていた部分の掃除までこなせた。2階の大工の若頭の気配にも気づかないようなペースで片付けをしていたので、少々の「躁転」の可能性もある。昨晩は、実験的に風呂に入らないで寝たのだが、このような試みも、たまには良いのかもしれない。

昨日、整形外科のリハビリの時間を計算し切れず、ここ最近ではあまりなかった、ドライブ先のスケボーができなかった。それならと、この早朝覚醒を利用して、キリのいいところで掃除をやめ、車に飛び乗って海まで走った。今朝は、とても冷え込んだにもかかわらず、駐車場は、冬の平日とは思えないようなサーファー で賑わっていた。これは、オリンピック効果なのか、コロナの三蜜を避けられるサーフィンのメリットなのか、第三次サーフィンブームの到来なのかはわからないのだけれども、もう、岸からしか眺めない「元サーファー」の自分は、まさに他人事として、車の中から、ぼうっと海を眺めるくらいしかできなかった。

最寄りの駐車場から、一つ北上した海岸、そして、いつも行くツルツルのアスファルトがある駐車場の一つ手前の海岸の駐車場で、初めてスケボーを蹴った。このポイントは、都内からくる人にとっては、最寄りの海岸なので、私も東京から波乗りに来ていたときには、よく訪れたものだ。さらに、ここでテトラポッドに吸い込まれ、人生ワースト3に入るほどの命を落としかけた場所でもある。あの時の恐怖は、思い出すだにゾッとする。だから、その時のトラウマもあり、海に入る時は、必ず自分を戒め、自然の脅威を再確認して海に入るようになった。

そのポイントは、とりあえずウォームアップで流しているときに、ガタガタの部分が多く、スケートには向いていなかった。でも、そこから車に再度戻って、一つ上のいつもの極上ポイントまでいく気にもなれなかったので、仕方なくその場所で滑っていた。ただ、初めての場所というのは、予測できないバンプがあって、不意に足元を救われた時のリカバリー能力などが養われるので、練習としては最適だった。とはいえ、スケボーで幾度となく骨折をし、今でもその後遺症が残っている自分でも、転ぶときには転ぶわけで、先日に続き、今日も思いっきり転倒してしまった。ただ、前回も今回も、強い痛みなど伴わなかったので、腰椎分離症だという誤診からの呪縛から解き放たれたことを、体が証明してくれているようだった。

転べば、慎重にもなる。そのまま家路に着き、車の中でイメージしていた大掃除の序盤戦に取り掛かろうとし、出発前にセットして置いたトイレの泡状の粉末を流し、そこから再度掃除のスタート。シンクの上のモノを、できるだけ生活感を出さないように真紅下に収納し、床を拭き、さらにトイレをピカピカに磨く。これだけやっていれば、何か風水的にもいいことが起こるかもしれないということも忘れるほど、掃除に熱中していたら、いきなり玄関のチャイムが鳴って、昨日注文したばかりのスケボーが、そっくりそのまま自宅に届いた。もし、もっとスケボーをやっていたら、このタイミングを逃していたのかと思うと、何という幸運に恵まれたのだろうかと、少し感心してしまうほどだった。

明日、東京の精神科の受診と、歯医者の最終の治療がある。やはり、朝起きられるかが気がかりだから、思い切って、今日はこのまま東京へいき、一白してしまおうかという気持ちと、新しいスケボーが増えたのだから、散財しないという点においても、「コイツ」でヘトヘトになるまで練習し、思いっきり眠って、明日の受信に備えようかと迷う。年末というのは、誰にとっても忙しい。まさに、「師走」。もう、自分は大勢の生徒たちの前で、黒板を背に授業をすることはないのだろうけれど、こうやって発信活動を継続することで、何らかの外部からのつながりができて、そこから自分なりの新しい共育の世界を開拓していけたらいいと願うばかりだ。

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