思考力

没頭して消去

お目覚めは、朝の3時。一般の人には、とんでもなく早い時間の起床のはずだが、眠剤を日没の前に飲んでグースカと寝ている自分には、さほど驚く時間ではない。そもそもフルタイムで働きながら朝活をしているわけではなく、眠ることで覚醒している時間を削り、一種の仮死状態を作りたいと思っているだけのようなものだ。起きている間は、やはり過去の嫌な思い出ばかりが渦巻いてしまい、なかなか穏やかな気持ちにはなれない。だったら、眠っていれば、ネガティブなことなど考えなくて済むのだから、長時間型に配合された薬というのは、私にとって素晴らしい効果をもたらせてくれるというわけだ。

今日は、燃えるゴミの日。かなり溜まったゴミ袋を出しに行こうとしたのだが、とにかく冷えている。二度寝をして、部屋のデトックスを怠れば、一気に汚部屋に直結すると思いつつ、夜空の星も見上げる余裕もない状態であったが、キリッと冷えたゴミ収集処まで歩いて行った。こんな日には、スカッと冷えた炭酸飲料でも飲みたいところだが、先立つものもなく、とんぼ返りとなった。二度寝が来るのを期待して、コーヒーを飲むことは、控えておこう。

人間は、マルチタスクを不得手とする。料理を作りながらパズルはできないし、ダッシュをしながら数学の問題も解けない。一番良い例としては、ながら運転だろう。現在の道交法では、「ながらスマホ」は、厳しく取り締まられる対象となった。やはり、人間は効率的に2つの事を同時に進行することはできないのだ。そのような観点で考えれば、私の脳にベットリとこびり付いている過去への執着というものは、やはり「今」の孤独に起因するものであると思われる。

仮に、今、心から好きになれる相手がいたり、夢中になれる趣味や、大きな目標があったりすれば、過去の執着というのは比較的簡単に弱めることができるはず。もし、そんな人間の不器用な両手に問題を抱えたまま生きるのであれば、人生は失敗の連続になってしまうであろう。そんな人間の習性を利用するとすれば、案外、今の苦しみを和らげることもできなくはない。案ずるより産むが易しとも言うが、やはり立ち止まった時間が長かったことに加え、過去への執着が轟々と腹わたで煮え繰り返っている状態では、上手く人生が転がっていくこともなかろう。

決して逃げているつもりはない。生きやすさや快適性を求めているわけでもない。ただただ長く眠り、余計なことを考えずに没頭できることをしていたいと思うばかりだ。そして、そんな状態を目指しているのは、決して自分だけではなく、何かに追われている人たち全員が求めている状態なのだと思う。

-思考力