思考力

未定の手紙

よく分からないが、活動的になった。いや、理由は「躁転」だと思う。少なくとも、軽躁樹体であることは確かだ。今朝の早朝覚醒からの活動の勢いは強く、茎が折れてしまった観葉植物のケアを、販売店でお願いして、その帰り道に釣具屋で「ルアー仕掛け」を買った。昨日、サーフィン熱がすごい勢いで強まったのだが、それは瞬間最大風力がほんの一時的に爆風しただけであったようで、毎日のドライブの時に使用する駐車場の近くにある漁港や堤防で、竿を出せたら気持ちがいいだろうなと思って、ルアーを買ってみた。もちろん、それ専用のロッドなど持っていない。それでも、車に常駐させておけば、餌を買うという高いハードルを無くした状態で、自由気ままに釣りができるのだから、今回の衝動買いとも言える購買意欲は、いづれ正しかったと思える日が来ることをねがう。

サーフボードの購入意欲が消えつつ、スケボーの購買意欲が再稼働し、さらに車の購買意欲まで出てきてしまった。もちろん、全て今ある物で代用できるし、それで十分価値がある物を使用しているのだから、人間の欲というのには、全く再現がないことを知る。そして、本当の金持ちというのは、見栄で物を買うことは絶対にせず、その物の価値で購入を考えている。だから、必然的に所有物というのが厳選される為、ミニマリストには金持ちが多いという方程式が成立するのである。このロジックは、とても信憑性が高い。

明日の分の記事を、夜に書いている。これはまさしくフライングブログ。ただ、これは躁転から来る勢いではなく、明日は東京の病院の受診があるから、朝のバタバタした時間にブログのことを考えたくないという判断から書いている。こう考えると、自分の行動を客観的に判断できているのだから、自分をセーブするという爆裂躁状態ではないことに気づく。これがもし、東京の主治医ではなく、訳のわからない薬配りのようなヤブ医者の治療だったら、間違いなく命の危機を感じるような事態に陥っている。やはり、医者選びというのは大事であり、特に目に見えない精神領域の症状を的確に判断し、それに合わせた治療ができる精神科医というのは、絶対に良し悪しを見極めなければならない。

最近、夜の運転で、ヒヤリと来る車が多いと感じる。明らかにこちらの幅に入ってきたり、避ける気がないスピードで突っ込んできたり、停車している車の後ろで、子連れで大声で話をして発進できない状態になるなど。こうなってしまうと、夜の運転に気をつけるとかいうよりも、いかにして夜に運転しないでいいのかという方向へ、考え方をシフトさせていったほうがいいのかもしれない。ヒヤリとくれば、必ず何らかのトラウマが出てきてしまい、それがそのままフラッシュバックとなって、取り返しのつかない精神状態になってしまう。そんな物的証拠もないような精神的な苦痛など、誰も構ってくれない。

今日、主治医に、今までの症状の変化と悪化、そしてその経緯をまとめた手紙を書いた。日によって精神状態が異なるので、体調が良い時の受信だと、それがから元気なのか、回復している状態の診察なのかの区別がつきにくくもなるし、今回の手紙に関しては、入院の意思を固めたという内容でまとめた。しばらく休息し、療養し、今後の生き方などを、専門の病院へ入院することで時間をかけてカウンセリングをしてみたいと思った。それが叶うのかどうかは分からないのだけれども、とりあえず、明日、この波打つ精神状態を飼い慣らすための入院についての話を打ち明けようと思う。

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