思考力

時間の残りをオマケにする

いつも通り、コーヒーを飲みたくても、ストックが切れている。代用として、ずっとしまっていた紅茶のティーパックを出して、それを熱湯につけ、今机の上に出来上がった紅茶を置いた。味は、悪くないけれども、いつもの苦味が全く足りず、なかなかピリッと脳が覚醒しない。ただ、それでも急激な刺激ではないマイルドな舌触りは、疲れが取れた目覚めには、それほど悪いものではなく、今日のような穏やかな朝には、ちょうどいいのかもしれない。

先日、とても高価なマットレスを購入し、枕も買った。来週には、それらが私の部屋へ送られてくる。だから、昨日は、真冬用の掛け布団を購入し、試しにそれの中に潜り込んで一夜を明かした。今朝は、とても冷え込んだようだけれども、この掛け布団があったおかげで、寒さとは無縁だった。電気代の節約になったとしても、元を取れるとは思えない出費だったのだが、日々使うもので、しかも重度の睡眠障害を抱えている自分にとっては、いい買い物だったと納得しようと思っている。これで、不快なフラッシュバックなどのマイナス要因が軽減されるのならば、むしろ安い買い物だったのだと思える。

トラウマの消し方として、自分の苦しい思いを、実際に紙に手書きで書き殴るという方法があるそうで、それを昨晩実践してみた。とても汚い言葉と文字で書き殴られたメモ用紙が、机の中にしまってあり、こうやって落ち着いて記事を作成しているときには、到底書けないような言葉たちだった。泥酔したときに、あえて吐き出したほうが楽になるのと同じで、溜まりに溜まった心の黒い沈殿物ならば、それをどんなに汚い文字であれ、書き殴って捨てて仕舞えばいい。

実際に、それを実践したことで、少しは気持ちも楽になったし、朝の感情と夜の感情で対比させると、いかに夜の思考が暴力的なのかも分かる。この方法は、続ける価値が十分にあるのだと思うので、朝のブログ作成と同じく、夜におこなう気持ちの鎮め方として、取り入れていこうと思う。また、昨晩は、夕方のドライブから帰ってきても、一切パソコンの電源を入れることもなく、スマホも開かず、iPadのヒーリング音楽だけかけて寝た。かなりソワソワする気持ちがあったのだが、考え直してみれば、そんな気持ちだって、自分を制圧していた要因だったのだから、それを意識的に取り除いてしまえば、心の負担が軽くなっていくのであれば、いっそのことデジタルデバイスからは切り離されていたほうがいい。これも継続していこうと思う。

これらの行為というのは、結局のところ、無意識のうちに自分の負担になっていることを、意識的に排除することで得られる安らぎであるのだから、離れられるのであれば、離れるということをするだけでいい。確かに、かなり時間の活用ができていないと感じてしまうかもしれないが、トラウマを消せずにウダウダと考え続けているほうが、生活全体において、とんでもないエンジンブレーキをかけてしまうことになる。だったら、もはや朝の時間だけを有効活用して、いっそのこと夜の時間なんて、「オマケ」だと割り切ったほうがいいのだ。しばらくは、そのように考えていこう。そう、断捨離すべきは、物理的な物事だけではなく、デジタルデバイスという時間泥棒でもあるのだ。今日は、海辺に行って、ほとんど開いてもいないスマホのアプリを消去してしまおう。今日は、この記事をアップロードして、それで1日の作業は終わり。後は、全ておまけの準備の日にしようと思う。

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