思考力

検尿カップのお酒

ここ1週間くらいだろうか、寝酒というわけではないのだが、少量のウィスキーを検尿カップ程度の大きさの容器に入れ、水と一対一の割合で割って呑んでいた。これは、なかなか気持ちの良い呑み方であり、YouTubeの動画を観ながら、ゆっくりとフワフワ感を味わえる。飲む量も、ほんの少量なので、特段にカネがかかるわけでもない。ただ、これを続けているうちに、寝付きが悪くなったり、起きてからダルさが残るようになってしまった。そこで、昨晩は、休肝日も兼ねて、アルコールなしで寝床に就くことにした。

そのような緩い呑み方をしていたのに、いざ飲酒を辞めて寝ようと試みても、一向に眠れない。夜風にあたる為に、近所の自販機でジュースを買ってみても、なかなか眠気はこない。ジュースも2本目を買いに行く頃には、本当に眠れるのだろうかと不安ばかりが募るようになってしまった。ここで呑んでは、元も子もない。ヒーリングミュージックを流しながら、いつの間にか眠りに落ちていた。

そして、たった今、起きたのだが、12時間睡眠を達成しており、ダルさも取れた状態になっている。やはり、最近のデータ通り、酒は少量であっても、身体に悪影響を及ぼすことが判明し、実際、ストロング缶などは、ただの毒液だと言わんばかりに、店頭から姿を消しつつあるようだ。こうなれば、日本も20年くらい経てば、かつては、居酒屋なるモノが存在していたのだという会話もなされているはずである。

酒には、強い依存性がある。さらに、肉体的ダメージが、極めて高い。その依存症の末路は、例え寿命は伸びたとしても、健康寿命は縮んでしまうような苦しみしか残らないようだ。私は、幸いにも、お酒がないと手が震えるようなこともないし、自他共に認めるヘビースモーカーだったが、今は10メートル以上離れている場所で煙を感知できるほどの嫌煙家になった。やはり、悪癖を乗り超えると、たくましい自分が待っているようだ。

確かに、今、私は、他の重度の依存症に苦しんでいるわけだが、少し回復の兆しも見えてきた。ナマポを脱出する頃には、借金が返済できるほどの収入を得られそうなのだ。そうなってくると、仕事が勝手に自分の周りに寄ってくるようで、昨日も、三社から仕事の依頼が来ていた。もはや、自分の悪癖を貫けないほどの時間を、仕事で埋められそうである。やはり、自分の撒いた種は、自分で刈り獲らなければならない。そして、そうすることによって、自分の新しい芽を植え付けられるのだと思う。

さぁ、前進だ。

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