思考力

点滅のない点灯と消灯

午前中に自転車で出かけようとすると、前輪に、バスケットカゴネットが挟まっていて、それを力づくで引っ張り出した。そして、夕方の買い物から帰宅し、夜をどのように過ごすか考えつつペダルを漕いでいると、自転車のライトが点灯していないことに気づいた。おそらく、朝の前輪に挟まった異物を引っ張り出したときに、ライトのケーブルのどこかが切れてしまったのだろうと思う。そのままそそくさと帰宅し、今、Macの電源を立ち上げて、ブログを書いている次第だ。

最近は、自分で書いたブログを、隙間時間に読み返すことも多く、朝に書いた記事に、多くの変換ミスや、誤字脱字があることに気づいたり、自分の寝ぼけた頭で考えただけで書き上げた、屁理屈な記事も多い。やはり、脳みそのエネルギーが有り余っているような朝の時間に記事作成をするというのは素晴らしいことなのだろうが、夢の世界から完全に抜けきっていた状態や、今のように、日没から夜にかけての時間帯に書く文章の方が面白いことが多い時もある。いずれにせよ、毎日書くブログなので、あまり内容の濃さばかりに意識が向いてしまうと、そのまま書くこと自体が嫌になってしまいそうなので、キッチリと毎日書くことを、いつも通り継続していく方がいいと思っている。

自転車の点検日として、令和5年6月16日というシールが貼られていた。このシールは、今の自転車を購入した時に貼られたモノなのであるが、ちょうど去年の今の時期に、通称「ナマポ」になったのだと思うと、この自転車とともに歩んだナマポ人生を思い出す。正直、この相棒との思い出にはいい思い出はなく、田んぼで軽トラの爺さんにクラクションを1分間程度鳴らされ続けたり、何度も引かれそうになったり、実際に死にかけたり、それでも点灯したり…。私の黒歴史を多く作り出してくれた相棒と言えよう。引越し先にももっていく予定だが、またよからぬことを引き起こしてくれないことを望む。

昨日は、仕事から、宿泊することなく「日帰り」だったので、とにかく疲弊した。特急電車に飛び込むように乗り込み、汗だくになって最寄駅に到着後、ずぶ濡れになって帰宅。踏んだり蹴ったりの帰路の中での疲労であっても、自分の好きな仕事ができるというのは、とても幸せであり、あまりにも幸せと興奮で、眠れなくなった。これは、塾講師にはよくあることなのかもしれないが、自分の満足のいく授業がキマると、興奮して眠れなくなってしまうのである。だから、今日は、深い昼寝を長くしてしまった。身体は正直だ。

こう考えれば、人間だって自転車だって、内なる魂というものから熱気が溢れ出し、休みたくても休めない状態になり、それが加速度的に積み重ねってしまえば、けっこう深刻な事故を起こしたり、慢性的な疲労や徒労感に悩まされてしまうものなのだ。だから、不慮の事故なんていう言葉もあるが、自転車や自分の体に変調が来た時に、どこに負荷がかかり過ぎてしまったのかを考えることは、実は、お金を稼ぐことよりも大切なのかもしれない。あくまでも、自分の人生に責任を持ちたいのであれば、ケアを怠った部分を解明し、修繕し続けなければならない。そして、そうすることで、日々のスキルアップにもつながるような能力が備わるのだろうと思っている。

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