思考力

つながる先は何か

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馬にカートを引かせて荷物を運ぶことが目標なのに、いつの間にか、カートが馬の前に来ている「本末転倒」の状態。この状態に陥っている時は、たいてい焦りが生じているときである。

「勉強ができるようになりたい」という目標を持ち、何かのモノサシとして「偏差値」「合格率」を意識しだすと、学力向上が目的ではなく、相手を意識するばかりの打算的な競馬のような状態に陥ってしまう。まさに「焦り」が空回りしている。

pastedGraphic_1.png波に乗りたくて楽しくなる

勉強ができる人の共通点として「楽しそう」に学習をしている。受験勉強という枠組みなどを取っ払った状態で「英語のCore」の質問をしてくるような受験生は、例外なく英語力が上がり、合否に関係ない真の学問をしているわけだから、受験勉強などという狭い世界からは既に逸脱した存在なのである。そのような人の輝く目を見ながら、この学生は合格への最短ルートをたどっていると安心して見守っていられる。

「ゆっくりと着実な者がレースを制する」のであり、そもそも入学試験という制度は、受験者が入学後に向学心を保ちつつ、その後の活躍ができる人材を正確に見抜くための検査だ。つまり、受験が終わったらそれでおしまいという打算的な姿勢で受験勉強ですら耐えられないような輩は、受験する手前で跳ね除けられてしまうのだ。

pastedGraphic_2.png現在の先にある未来の「未来」にある【ゲンザイ】

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勉強ができることそのものが幸福であるのも事実ではあるが、勉強を通して得た知識や思考力を、自分の未来の目標を見定める契機として、さらに次の学習領域に繋げることこそが幸福であると私は考えている。

ステップバイステップという小さな成功体験の積み重ねによって、目標のさらに先に繋がっている世界を想像し、今を創造できている者の未来は明るい。ある意味で、現在進行形で行っている【勉強】は、目標達成の練習に過ぎないという長期的な視点を持つことを大切にすべきだ。まだまだ先はある。自分の哲学の中で、自分の学問を追求せよ。

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