思考力

快適な場所から鬼退治

 

「地方都市」などというワードを耳にする。定義としては、なかなか曖昧な面も含んでいるので、どこまでの地域を、その範疇にするかのは難しいところではある。ただ、現在、私の住む千葉の某地域は、まさに私の理想とする「地方都市」だ。都市部への電車でのアクセスもいいし、外房でレジャーを楽しむこともできれば、車一台あれば、郵便局でメルカリの荷物を出して、牛丼屋で夏の限定ハンバーグ定食を食べ、給料日前日のカラカラの財布と相談して、洗剤を最優先にして、薬局で安いスナックを買って帰ってこられる。今日の具体的な1日の流れを書き綴っただけでも、私の住む市街地は、少なくとも私にとっては、最高の快適性を兼ね備えているのである。

ガチの田舎へ移住すると、なかなか村の繋がりに加わるのも困難であるようで、寄り合いに参加もしないでベンツでも乗ろうものなら、そのまま蚊帳の外になるようだ。今、旧居からこまめに荷物を運び出し、新居へと運んでいるのだが、旧居で本当に仲良くなった、お茶の師範の先生が、車が夜に無いから、もう引越したのかと思っていたけど、たまに荷物を運んでいるところを見かけているところから、少し様子が分からなくなっていたと言う。旧居の契約で、退去後も、強制的に2カ月間は住まなければならず、そのうちに新居が決まらねば、ホームレスになってしまうので、すでに新居が決まっているということを、わかりやすく説明していたつもりなのだが、説明している私が、どこまでシンプルに説明すれば良いかわからず、とりあえず「二重生活」をしているということを伝え、8月末には、完全に退去することは、伝えた。

挨拶回りの時に、玄関に座って、本当に穏やかに話をする女性のお年寄りであったが、誘われたお茶会に行けば、鬼のような厳しさを秘めていた方だった。そんな、水戸黄門のような方とのお別れは、なかなかツライとはいえ、新居と旧居との距離は、車で10分程度。会おうと思えば、毎日会える距離でもあり、私より年下なのであれば、素敵なパートナーとして頻繁に会いに行きたいものだ。

新居では、早速、面白いお友達もでき、まさに「付かず離れず」の良好な関係。今日は、アパートの隣のお爺さんが栽培している畑で採れた「ゴーヤ」をもらった。これで、2回目。1回目も、旧居の師範へゴーヤをお裾分けして喜んでもらえたので、明日、また渡しに行こうと思う。そして、明日は、旧居に居る、母の遺骨と祭壇を、横浜に住む兄が引き取りに来る。一番重くて貴重な物である。

40を境に、自分の中の変化を求めることを中心に、老人介護施設に居る母と共に、今住んでいる地方都市へ。今考えると、大ハズレの悪い不動産屋を仲介として物件を探しつつ、千葉での勤務先も併行して探す。ちょうど、その不動産屋へ向かい、その前に、フランチャイズの塾の面接を予定していた。すると、東京の実家の最寄りの駅で、スーツに履歴書が入った鞄を持っているときに鳴った電話を取ったのが、運の尽きだったのだ。

その2日前に受けた、塾の採用試験。前日に上智大学の過去問の授業をしていた私が、高校入試の模擬試験を少し捻った程度の問題を解けないわけもなく、おそらく満点。次の模擬授業では、トップバッターで、終了のタイマーと同時に授業が完了。会場に拍手が湧き上がった。採用されるのは間違いないとは思っていた。案の定とはいえ、ものすごい勢いで、今からとにかくきてくれというコール。目的の駅の通過駅にある本部へ行って、我先にの状態で、信じられぬほどのVIPのような扱いに酔いしれて、そのまま契約してしまう。

そこから紆余曲折。2年後には、コロナ菌がウヨウヨと世界中に発生するなんて、私はもちろん、世界中の誰もが予見していない状態で、現在、私は【思考力養成予備校】の代表をしている。ただ、地獄のブラック企業で、死に損ないの状態で開業届を出した「ひとり社長」とも言える。未だに、母の遺骨を埋葬できないことからも、どれだけ売り上げがないかが分かる。

世の中には、根性があるとかないとかで、継続するかしないかの判断をしてはいけない場合がある。それは、関わってはいけない相手と関わっている時だ。これは、気付かぬうちに痛みすら感じなくなっている場合が最悪であり、もし、私は「コロ助くん」が緊急事態宣言を引き起こしておらず、普通のウィルス性肺炎になって、その後に快復したら、会社のために復帰し、傷だらけのヒーローを目指していたに違いない。ブラック企業の「ホメホメ詐欺」は、ガン細胞のように、心身ともに、私を蝕んでいたのだ。コロ助様に感謝せざるを得ない。

今、私が住んでいる地方都市で、ゆったりとした生活の中、寝るためだけに帰って来ていたマンションの家賃を払いながら、ブラック企業の従業員だった頃の生活で、涙を流しながら、ツライ仕打ちに耐えて、ベランダの壁をバンバン叩いて泣いていたことを思い出す。そんな怒りの断捨離を、素直にできるはずもない。引越しで多くの「物」を、処分することはできても、傷つけられた過去の「傷」を断捨離することはできない。

火葬され、焼き上がった母の脚の骨は残っていなかった。もし、フランチャイズの塾で、定期的に入る収入の中、最寄駅で仕事ができていたら、もう少し足腰を整えられたはず。それを考えると、私がいかに無謀なことをしていたのかが分かる。

我に帰る。我を変える。すると、それは怒りを込めた感情を吐露しなければ、絶対に解決しない。母のためとか、世間のためとかでもない。職人としてプライドを持って仕事をしている自分に対して、渾身の力で圧力をかけて私を潰した悪の権化を、叩き潰し返さなければならないのだ。

今、夜の11時。最近は、ブログを書きながら寝落ちして、最終的に記事を仕上げるのは、朝となるようなパターンが多い。しかも、雑記ブログではないとしても、大半が、プライベートな内容の話を主題にしている。朝、改めて読み返せば、今の段階で、すでに感情的に「黒いカンパニー」に対する憎悪でみなぎった文章だと分かる。それはそれで良い。もちろん、電車で罪のない人を斬り付けでもしたら、このブログも精神鑑定の材料になるのだろう。だから、そこまでして「鬼退治」をしたいとは思わない。でも、行政の力を借り、やれるだけの策は、やらなければならない。自尊心を守らねばならないのだ。

母の最期の言葉。「社長。すごい。」そう言ってくれた母の気持ちのレクイエムも、大切に綴れる日も、この地方都市で迎えたいと思っている。

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