思考力

ピアスくん

眠るのを助ける薬。眠るのを助けるBGM。果ては、寝酒に寝スナックに寝弁当。焦れば焦るほど眠れなくなる「睡眠負のスパイラル」。最近は、深夜に横たわりながら、そんな深刻な螺旋階段を駆け上がっていた。横になって駆け上がろうとしているわけだから、眠れるわけもない。そんな皮肉まじりの自虐表現に、朝の集中の時間を費やすこともなかろう。

昨日は、その真逆の状態。朝一番の釣り糸を垂らすために、ブログの9割以上を完成させ、夜を明かして「釣り」に出発。徹夜でいった疲労から、毎日更新しているブログに歯止めがかからぬよう、保険をかけていたのだが、その保険が効いた。釣りが終わって、家に着くなり、残りは画像を挿入するだけの未完成ブログを完成させる気力も起きないほど、ヘトヘトになっていた。最近の「寝スナック・寝弁当」という怠惰な食生活で、恐ろしくて体重計にも乗っていない状態だった。だから、昨日の釣りでは、一切、食べ物を食べず、釣り道具を玄関に置いたら、そのまま「しゃぶしゃぶ屋」に行って、野菜を山のように貪り喰った。

気を奮い立たせて、未完成のブログに画像を挿入すれば、デンタルフロスをする力もない状態で、常用している「気分の波を抑える薬」と「眠り誘導薬」を飲んだ。なぜか寒気が止まらず、暖房をつけ、ダウンジャケットを身にまとい、「眠りを助けるBGM」をセットする力もないまま、眠りのそこへと落ちていった。そして、今、窓を開けて、春の暖かい空気と日差しを部屋に入れ、「脳活クラシック モーツアルト」を聴いて、Macのキーボードを叩いている。久しぶりの熟睡した12時間以上の睡眠で、頭痛と寒気がするが、この今朝の不調の全ての原因は、徹夜明けの釣りによる疲労から来たものであり、とりあえずコロナではない「寝過ぎ」なのだろう。

前置きが長くなりすぎていることは承知の上で、さらに私的な内容であることも分かっている。その上で、さらに昨日の釣りで起こった出来事を、あえて書かせてもらう。私の釣り熱を再着火させた原因の釣り場は、実は管理された「海釣り施設」での釣りである。いかにも、自分で見つけたマル秘スポットで竿を出していたかのようにブログで書いていた気もするが、きちんと入場料を支払って、開園と閉園時間が決まっていて、スタッフが巡回している家族でも安心の釣り場だ。だから、昨日は日曜日ということもあり、混雑を懸念して行かないつもりだったのだが、私のアドレナリンを抑えるには及ばず、そのまま外房から千葉都市部へと車を走らせた。

案の定、釣り公園の入り口には、長蛇の列ができており、5時半に並んだ。結局のところ、6時開園というにもかかわらず、入り口に入れたのは6時半だった。ただ、私の整理券の番号は80番台であり、後ろにも人が並んでいるから、それほど入園には時間がかかるとは思っていなかったのでが、このご時世、手の消毒に検温、電話番号を含めた個人情報の記載があり、列が進む時間と感覚は、完全に閉められていない蛇口からの水滴のようなものだった。こうなってくると、家族連れの子供たちが騒ぎ始め、魚を収納するための発泡スチロールの箱を、あの不快な「キュッキュ」をいう音をたててチャンバラなどを始めるので、イライラしてくる。まぁ、これから始める楽しみを考えれば、大したことはないと自分に言い聞かせて、入園を待つ。

列に並んでいる時に、数人前に、いわゆる「関わりたくない若者」が一人で列に並んでいた。キャップを深く被り、肩まで髪の毛が伸びている。両耳にはピアスが薔薇のトゲの如く、何本も突き刺さっていて、その真ん中のピアスの穴は、耳の穴よりはるかに大きく、果たして「ソレ」を装着しなくなる時が到来した際に、時間が埋めてくれるのかも分からぬような大きな穴だった。このような『闇金ウシジマくん』の登場人物、かつての「ヘビメタパンクロッカー」のような人の竿の仕掛けに「お祭り」だけは避けたいと思いながら、列に並んでいた。今でもコレは、印象的なことであり、この時点では、この若者が、今日のブログのキーパーソンになるとは、全く思ってはいなかった。

この釣り施設での4回目の釣りでは、その前の釣行での隣の人から、「時計台の下が釣れる」という情報を仕入れていたので、時計台の下を目指していたが、やはりそこは埋まっていて、通り過ぎる時には、サビキ仕掛けの針2本に、丸々と太った「コノシロ」が2匹くっついてブチ抜かれていた。やはり、確かな情報だったし、この施設で私の釣り熱を再熱させたのも「時計台下」だったので、間違いはないようだ。桟橋の外側がサビキ釣りのメインポイントなので、すでにサビキ釣りの人たちの竿が、等間隔で並んでいる。最終的に竿を置いたのは、例のピアスの若者の隣だった。この際、以下では「ピアスくん」と記述することにする。

ピアスくんの隣にスペースが空く理由は、分かる人なら分かるはずで、近寄りがたい感が出ているから。ただ、別に刺されるわけでも、海から突き落とされるわけでもない。しかも、最近では、釣り場で色々な人と話をすることの方が、釣りより楽しいことだったので、ピアス君の隣の人に話をしていれば、別にピアスくんの迷惑にはならないだろう。だから、そこに釣竿を置いて仕掛けを作り始めた。

休日は竿を一本しか出せないというルールがあり、その日に試したかったオリジナルの仕掛けを試すチャンスを減らしてしまったが、ルールはルールだ。ただ、サビキ釣りの針を再利用するという「エコ」が、ただの「ケチ」の墓穴を掘る結果となり、前回使用したサビキの仕掛けの針が、なかなか解けず、結局のところ竿を出すのには、かなり時間を食ってしまった。今後は、釣果のことも考え、毎回、針は新品の袋から出してすぐにセットできるモノにする。限りある時間は有効活用しなければ。あと、サビキの対象魚は、「時合い」というものがあり、群れが集まる激アツタイムを逃すと、釣果が激減してしまう。やはり、サビキ針を毎回新品にすることには、大変有意義な効果がある。

それにしても、昨日は釣れない日だった。時計台を通り過ぎた時の「2匹のコノシロ」でテンションが上がったのだが、その後は、ズラリと並んだ竿が、全くしなっていなかった。ここまで反応がなければ、何らかの刺激が欲しくなる。そんなわけで、ピアスくんに話しかけたのが始まりである。「当たりすらないですね」。そう言うと、「はいそうですね」と返答がある。マスクをしているので、気を良くしているのか、その逆か分からずとも、反応があることは事実。本当に「キケンな人」と「ガチな釣り師」は、ここで返事が全くない。その場合は、それ以上話をしないようにする。それが、自分の中での「ルール」だった。

それにしても釣れない。以前、時計台の下で、帰宅して捌き切れないほどのコノシロを7匹釣ったのは、偶然だったのか、今日が普通なのか。どちらがどうであろうと釣れない。そう言う時は、それでも釣った人の栄誉を称えに話しかけに行ったり、比較的害のなさそうな人に話しかける。ここでのポイントは、最初の1回目は、長話をしないと言うことである。めんどくさい奴だと思われて、次からはスルーされる可能性が出てしまうからだ。話題は、アタリがあるかどうか、それ以降は、仕掛けや、針や重りのサイズなど。あと、これは私が編み出した釣り人トークの必殺技なのだが、その人が工夫している道具を褒めることだ。

「その小物は、便利そうですね。釣具屋では見かけないですよね」「これは、100均で買った安物です」「頭いいですね」「私は、ホームセンターで、こんなの使ってるんですよ」「それもいいですね」「〜」「〜」。この流れに持っていくと、たいていの人とは、ハッピーな関係になれる。そうやっていくと、もちろん自分の今後の仕掛けへのアイディアも膨らんでいくし、便利グッツも増え、快適な釣りができるようになる。コミュニーケーションから溢れたアイディアを拾っていくと、その日に愛される人になれる「黄金の方程式」が身につくのだ。魚とコミュニケーションが取れないなら、釣り場を全遊動していくのも、とても楽しいことだ。

ピアスくんが左にいて、右に高齢者と中年の親子がいた。この二人も悪い人ではなさそうだったが、子供と言っても私くらいの中年の方が、コミュニケーションが取れない人で、親といっても高齢者の人が、仕掛けから何から何まで作っていたので、このような場合は、二人の時間を大切にしてあげなければならないと思い、それ以上、話しかけることはしなかった。こうなると、自分の釣座で話しかけるのは、ピアスくん一択となる。私も、長年、受験生を指導し、人とのコミュニケーション、特に、自分より若い人と話をする機会が多かった。それは、授業をするのであるから、その相手と究極のコミュニケーションが取れていなければ、成立しないのは明らかだ。

だから、二言三言の会話のキャッチボールができれば、その若者がどんな人格なのかが、普通の中年オヤジよりは、遥かに早く、深く分かるのだ。外見だけで間違った判断をされがちな若者が多いし、実際、車も厳つい改造をしていれば、性格の悪さ丸出しの煽り運転をしている愚か者がいる。だから、しっかりと車間距離をとっておくことも大事なのだ。ただ、対面で話をしている中で、外見を取り外して、中身が温かい若者と話をできると、本当に幸せな気持ちになれる。当予備校の共育理念は、思考力を育むことを目的としており、「外見」で人を判断することを目的としていないのだ。むしろ、一面的な外見で人を判断してしまうことを、最も批判する。

束の間の釣りの間の会話はとても楽しい。穂先を眺めながら、いつくるか分からない魚のあたりを待つ。そんな中で、ゆったりと眺める海面と潮風に当たりながら、仕事の愚痴など言えるはずも無い。フリーマーケットでの楽しいフリートークも良かったのだが、頼みもしないのにそのような愚痴をこぼす人がいたし、自分の自慢ばかりをするような人がいたが、迷惑極まりなかった。だから、ある友人と釣りに行った時に、仕事の愚痴を終始された時には、不快で仕方なく、先日コンタクトをとった時にも、相変わらず愚痴ばかりこぼしていた。余裕がないのだなと、それこそ同情してしまった。なにも、せっかくのレジャータイムの時に、残業代の未払いや社会保険料の仕組みの話など、したくもなければ聞きたくもないのだ。

ピアスくんは、30歳だった。てっきり20歳前後と思っていたが。それは、このご時世で、マスクをして帽子をかぶっていれば、誰だって正確な年齢を当てることは難しい。昨日のしゃぶしゃぶ屋でも、てっきり恋人同士だと思っていた二人が、マスクを外したら「親子」だったりもした。ただ、ピアスくんの場合は、耳の穴よりピアスの穴が遥かに大きい状態なので、30歳という年齢には、けっこう驚いた。もちろん、私の尊敬する予備校講師であっても、もう65歳過ぎてもピアスをしているし、年齢で人の格好を定義することはマズイ。そもそも、私だって、いまだに量販店の服を良く思っておらず、気分は90年代ビンテージブームのノリのアメカジの格好を追求している。ピアスくんも、私の実年齢を聞いて、びっくりしていたので、偏見というか先入観においては、相殺というところか。

ピアスくんは、高校にいくことはできず、中卒で少しフラフラしてから仕事を始めたという。今では、工場で勤務している。ピアスくんにとっての「老害中年」になりたくもなかったので、別にアドバイスをしようとは思ってはいなかったのだが、ピアスくんが「イイ奴」だったことと、私のブログは、特に自分より若い人たちに読んでもらいたいことを綴っていたので、ブログで、日々発信していることを、ピアスくんに語っていた。毎日、毎日、このように自分の考えを整理して文章にまとめていると、このような初対面の相手であっても、とても滑らかに口から日本語が流れていくことが分かった。

ピアスくんは、最近釣りを始めたそうで、多趣味になって、いろいろなことに興味を持ちたいといていた。私が多趣味なので、私が若く見えるのも、そのせいではないかと言っていた。なかなか嬉しいセリフだ。やはり、多趣味だと脳の劣化も遅らせてくれるというのは、事実なのだろう。出世することばかりに躍起になっている人が陥る罠の一つに、なんの楽しみも生きがいもなく、気づけば忙殺される日々に追われていることに気づくことだと思う。また、それにすら気づかなくなってしまうこともあり得る。会社員の頃の私を思い返すとまさにそうだ。

この一年で、自分の人格を大きく変化させられたことを、ピアスくんには語っておいた。何気ない会話がいかに大切か。痛みすら感じなくなって組織に従属することがいかに危険か。とはいえ、くだらない仲間意識に引きづられると、自分独りでは何も出来なくなってしまう可能性が出てくるか。仕事やコミュニケーションが、時代の変化とともに、古くて間違った方向へ流れていることに気づかなければ、いつか埋没してしまう。時代は常にシフトしており、それに応じて、自らの人生の方向だって流れに沿わせる必要だってある。ただ、私は、ピアスくんの担任の先生ではないし、その後のピアスくんの人生と、私の人生は、全くの別物だと思っている。それに、そのような考え方は、特に、この1年間、ずっと考えてきたことであるので、ピアスくんの名前も聞こうとはしなかった。

学歴だけ高く、やっていることは汚い人間など、腐るほどいる。政治家、官僚、役人。もちろん悪い人一色ではないにせよ、学歴だけ高くて、それ未満をゴミのように扱う輩だって多い。今日から、全国の65歳以上の高齢者約6500万人に、新型コロナワクチンの摂取が開始される。6月中には全ての高齢者に行き渡る量が確保できた。では、それを直に摂取する医療従事者のすべてに、ワクチンが摂取されていなければならないのではないだろうか。卵が先か鶏が先か。パラドックスというか、矛盾というか。本音というかタテマエというか。正義というか悪逆というか。国民のための選挙というか、票を集めるためのフェイクとも言えかねない順番。

ピアスくんとは、最後の方は、大笑いしながら話をすることができた。ぴくりともしない穂先でも、横隔膜は上下に動いていた。実に楽しかった。コマセがなくなったので、一足早く帰ろうとしたら、ピアスくんの竿にヒットがあった。魚の顔も拝めぬままバラシ。重さから言って、イワシ程度だったようだ。それでは帰るか、と言ったところで、ピアスくんの竿が大きくしなっていた。引き上げると大きなコノシロが上がった。「さっきバラした魚が戻ってきました!」「さっきのはイワシだったでしょ!?」そんなことを言って大爆笑して、お別れをした。

ピアスくんは、「一期一会は、大切ですよね」と言っていた。もう、一生、ピアスくんと会うことはないとしても、その日の釣りで、爆笑しあえた人と楽しい時間を過ごせたなんて最高じゃないか。明日は、そんな土産話を主治医に持っていって、次回からの眠り薬は、「短期即効型」に変更してもらおう。そして明後日は、また釣り公園に行って誰かとお話ししよう。新しい魚に出会える期待より、新しい「一期一会」に期待するような日が来るのかもしれない。

文字カウントしたら、このブログ始まって以来、最高文字数「6300文字」を超えていた。ピアスくん効果は、偉大です。

 

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