思考力

一線の光りの凝視

善い習慣であれ、悪癖であれ、我々人間は様々な行動をして生きている。例えば、私にとって一番身近な例で言えば、このブログ毎日更新という素晴らしい習慣は、良い習慣の一つだ。この習慣を、一年半以上も続けていると、日常生活でも少しずつ変化が現れる。実際のコミュニケーションの場で、自分の心の中を具体的に表せられる言い回しを咄嗟に思いつき、相手に伝えることができる。もちろん、受け取る相手の語彙力次第というところもあるが、大抵の場合、相手も文脈から感じ取れる意味をすくいとるから、大半は通じる。

悪癖といえば、私の金遣いの荒さがやはり問題ではある。しかしながら、そもそものお金がないので、遣いようがない。それならば、やってはいけない私の無駄な出費は、極限まで抑えられる。本当に、極論と負け惜しみを合体させた表現で言えば、「災転じて〜」といったところか。ただ、このような無理にでもプラスの方向へ自分の視点を切り替えるというのは、悪い方向へ考える自分を改善させるのに役立つ。これは、認知行動療法においても、よく使われる手法らしく、認知の歪みを整えるには、うってつけの考え方の一つである。

自分が判断した他者の性格の良し悪しというものも、考え方や視点によっては、常にプラスにもっていくこともできる。完全に悪いと決めつけている相手であれ、自分とは別のところで、その相手のことを、心から信頼して仲間としている人がいるはず。だから、自分が絶対だなどといえう考え方は、慎まなければならない。すべての悩みは人間関係から生まれるというのであれば、ストレス解消法の結論というのは、相手のことを相対的に考え、自他共に健康な関係でいられることなのだと思う。

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